体は、ずっと教えてくれている。気づかないふりをしていただけで

体は、最初から大きな声を出しません。

突然倒れることも
急に壊れることも
実は、ほとんどない。

その前に必ず
とても小さな合図を送っています。

ただ、その合図は
忙しい生活の中では
あまりにも静かです。


少し重い
少しだるい
少し気が進まない

それだけです。

痛みでも
数値の異常でも
誰かに説明できる理由でもない。

だから人は
「気のせい」と片づけます。


体の声が無視される最初の理由は
曖昧だからです。

曖昧なものは
効率の悪い世界では
後回しにされます。

仕事の期限
人との約束
正解がある判断

それらに比べて
体の違和感は
あまりにも根拠が弱い。


次に起きるのは
置き換えです。

疲れているのではなく
怠けている
お腹が重いのではなく
食べ過ぎたせい
気分が乗らないのではなく
やる気がないだけ

体のサインは
性格や意志の問題に
すり替えられていく。


ここで一度
感覚は引っ込みます。

無視されたからではありません。
話しても通じないと学ぶからです。

体は、とても現実的です。


それでも
体は教えるのをやめません。

次は
もう少しわかりやすく。

眠くなる
食欲が乱れる
集中が続かない

それでも
人は、対処で済ませます。

コーヒー
甘いもの
気合い
情報

本来、立ち止まるための合図を
前に進むための燃料に変えてしまう。


料理の世界でも
似たことがあります。

火が強すぎるとき
素材は
最初は静かに抵抗します。

水分が抜け
香りが変わり
表面が硬くなる

それでも火を弱めなければ
最後は、焦げます。

体も同じです。


静かな感覚が無視され続けると
人は
「感じないこと」に慣れます。

痛くない
辛くない
動ける

それを
大丈夫だと思ってしまう。

でもそれは
健康ではなく
遮断です。


体の声が聞こえなくなった状態で
人は、正解を求め始めます。

数字
理論
他人の成功例

なぜなら
内側に、判断基準がなくなるからです。

これは
弱さではありません。

感覚を使わない生活に
適応した結果です。


皮肉なことに
体の声を一番無視するのは
真面目な人です。

頑張れる
我慢できる
期待に応えられる

それは
社会では美徳です。

でも体にとっては
危険でもあります。


体は
「やめて」とは言いません。

ただ
少しずつ距離を取る。

違和感を
疲労に変え
疲労を
鈍さに変える。

それでも
人は生活を続けられてしまう。

だから
気づくのは、ずっと後です。


でも
完全に消えることはありません。

どれだけ無視しても
体の感覚は
奥に残ります。

ふとした瞬間
静かな時間
何もしていないとき

理由のない不安
理由のない涙
理由のない安心

それが
最後の連絡です。


体は
怒っていません。

罰も与えていません。

ただ
「まだ、ここにいるよ」と
知らせているだけ。


もし今
何をしても満たされず
正しいことをしても楽にならないなら

それは
やり方の問題ではありません。

聞く姿勢の問題です。


体の声は
聞こうとした瞬間に
大きくなります。

特別な方法は要りません。

立ち止まる
急がない
理由をつけない

それだけで
感覚は、戻り始めます。


体は、ずっと教えてくれている。
気づかないふりをしていただけで。

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