健康を目指すのをやめたら、体が静かになった話

「健康になりたいんです」

料理をしていると、そう言われる場面がよくあります。
その言葉自体は、とても真面目で、まっすぐで、間違っていないように聞こえます。

でも正直に言うと、その言葉を聞いた瞬間、少しだけ胸の奥がざわつくことがあります。

なぜなら
健康を目指している人ほど、体の声から遠ざかっている
そんな場面を、何度も見てきたからです。


健康を意識し始めた人ほど、情報を集めます。
何を食べるべきか。
何を避けるべきか。
何時に寝るのが正解か。
どの栄養素が足りていないか。

そのどれもが、間違いではありません。

でも、いつの間にか
「体を見る」より先に
「正解を探す」ことが習慣になっていく。

そうなると、体は少しずつ静かになります。
よくなるからではなく、聞いてもらえないから


「ちゃんと食べているのに疲れる」
「検査では異常がないのに調子が悪い」

そんな言葉も、よく聞きます。

その多くは、食事の内容や栄養バランスの問題ではありません。
もっと手前のところで、体との距離が開いている。

本当は
今日は少なめでよかった
今日は温かいものが欲しかった
今日は噛むのがしんどかった

そういう小さなサインを、
「でも健康のためには」と上書きしてしまう。

体は、反論しません。
ただ、黙るだけです。


不思議なことに、健康を“目標”にしている間、体はどこか落ち着きません。

常に
足りているか
間違っていないか
もっと良くできるのではないか

そんな視線にさらされ続ける。

人でも同じですよね。
常に評価され、修正され続けたら、心は固くなります。

体も、同じです。


ある時、ふと気づいたことがあります。

健康を意識するのをやめた人ほど、
体の話を静かにするようになる。

「最近どう?」と聞くと
「まあ、悪くないです」と返ってくる。

良くも悪くも、大きな波がない。
派手さはないけれど、安定している。

それは、何かを足した結果ではなく
何かを追いかけるのをやめた結果のように見えました。


健康とは、到達する場所ではなく
状態の名前にすぎないのかもしれません。

目指した瞬間に、外側の概念になる。
戻った瞬間に、内側の感覚になる。

体は本来、とても優秀です。
勝手に壊れることは、あまりありません。

ただ
急かされると黙り
管理されると硬くなり
正解で縛られると、遠ざかる。

それだけです。


料理をしていると、よく思います。

無理に整えようとした料理ほど、味が暴れる。
余計なことをしなかった料理ほど、静かにおいしい。

体も、きっと同じです。

健康を目指すのをやめたら
体は、少しずつ静かになります。

元気になった、というより
やっと落ち着いたという感じに近い。

それは怠けたわけでも、諦めたわけでもありません。
ただ、体に主導権を返しただけ。


もし今
頑張っているのに、楽にならないなら
ちゃんとしているのに、満たされないなら

一度だけ
「健康のために」という言葉を脇に置いてみてください。

代わりに
今、体は何を嫌がっているか
今、何を欲しがっていないか

そこを感じるだけでいい。

体は、ずっと教えてくれています。
こちらが聞くのをやめていただけで。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA